未来の車は丸みを帯びたデザインスタイルに、流線型の深海魚に

投稿日:2018年10月16日 更新日:




未来の車はヨーロッパデザインが主流になり、角が取れて丸みを帯びたスタイルが席巻してゆくのでしょう。
各モーターショーに見る流線型の大型化ではなく、スマート化の一途をたどる動向を見れば、
カーデザインの行き先は見えているような気がする

でもケンにそんなことを言ってもダメ。
あの人は誰もが考えそうもないなこと、いつも飛び越えた考え方をする人だから。
ある時は、レクサスLSのボデーは、仏師・運慶の不動明王像だと言った。
ある時は、未来にはペット化される室内車が、世間の話題になるはずと言った。

わたしは到底彼の脳漿についてゆけない。
何て言うのでしょう、それでも彼との仕事上の付き合いが長いから、ケンの考えそうなことは分かる気がした。

彼はきっとこう言うよ、欧米スタイルが通用するのも初めだけだって。
日本車の性能が欧米の自動車メーカーのそれを凌駕してしまったように、
アジアの奥優しい微笑みと内面から溢れ出る気迫が、いずれは未来の車でも世界の主流を掴む。
そんなことを言いそうだって思った。
何もかもを呑み込んで和様化させた日本伝統のスタイルは最高だって、いつも言っているケンだから。

「ねぇ、未来の車のデザインってどうなってゆくのかなー?」
ある時、高速の合流直前の隙を狙って、ケンにこのことをぶつけてみた。
すると彼は間髪入れない即答で、うわ言の様にこうつぶやきながら加速した。
深海魚だよ、深海魚。未来の車のカーボデーデザインの行き先を僕は知っている。
角をなくして、流線型をつきつめたら、それは魚になるんだよ。
進化すればするほど、近くなってゆくのは深海魚の形さ」
やっぱり凄い人、こんな風変わりな質問に即答なんて、まるでクレイジー、まるでアーティスト。

「えー?もっと洗練されたスタイルに進むものだとわたしは思っているけど?」
「うん、5年10年のスパンで見ていけばそうなる。
でもね、その先に待っているのは人類のアイディアの行き止まりなんだよ。
人の想像力なんて知れていて、無数の生命を創り上げた神のアイディアの足元に及ばないのは分かるだろう?」
「それはね、神が創る有機生物たちの素晴らしさには人が作る無機物は勝てないわよ」

「だからさ、僕が思うのは、人はもう自分たちの貧しいアイディアを進めるのではなく、
自然界のアイディアの良い所取りをすればいいと思うんだ。
水の抵抗を抑えるサメの流線形、いいや、どうせならもっと飛躍してしまおう。
光の届かない深海で彷徨う深海魚たちの不思議な怪しい魅力。
狂喜のセクシー、あれを未来の車に取り入れた時、
車はもう物質ではなく、有機動物に近い能力を備えた未来の乗り物になっていると僕は信じる」

正味、話の半分は分からない。
でもきっとケンの頭の中では理路整然と整理されているのでしょう。

深海魚が未来の車だってケンは言った。
わたしは決して忘れない、10年、50年先になった時にケンが言った未来の車のことを思い出して、
笑うか黙るか、どっちにしても楽しみには違いないのだから。

未来の車のデザイン

僕はずっと考えている、どうして自動車は地球の役に立たないのだ?と。
自動車が走って何を生み出す?
これは哲学的な発想ではないよ、人に自由や快楽・探検心を生み出す以外のことを夢見よう。
地球上の生物たちは有機的だ。
自分が生きるために他者の命をもらうのは人間と同じとしても、死ぬときにはその身を他者の糧として提供する。
生死の過程自体が循環サイクルに組み込まれていて、生きて無駄がなく死んで無駄がない

 

ミミズは土を食べその中の養分だけを摂取したと思ったら、糞として出す土を見事なまでのきれいな土に再生させる。
そしてあの細長い身体はモグラら小動物たちの格好の餌。
知床の鮭は、はるかアラスカ沖まで遠洋して得てきた養分を身体一杯に蓄えて、自分が産まれた川に戻ってくる
産卵を終えると死骸を故郷にさらすが、
その死骸に宿る豊富な養分はヒグマやオオジロワシたちの貴重な生きる栄養。
草木は育ってCO2を浄化し、死んでは後進の森に栄養を還す。
人に使われたとしても食材に木材に、使われ方は無限の変容ぶりだ。

僕らの未来の自動車はどうだ?
吐き出す排気ガスは何かの役になっているのかな?
人類共通の願いとして地球の温暖化でもあれば納得できるが、
温暖化は人間たちの生きる環境を破壊することに繋がるのだから、真逆のことをしていることになる。
トヨタ自動車の渡辺・元社長は言った、「走れば走るほど空気がキレイになってゆく未来の自動車」 を夢見ていると。

そうだよ、その考えだよ!
車はより大きな身体の車に食べられてしまうような弱肉強食の世界には生きていない。
死んで身体を土に還すわけでもないし、むしろ死んで身体は行き先がなく、永遠の鉄クズとして生き長らえるだけ。
だからせめて現役で走っている間にでも何か役に立つことができればいい。
例えばタイヤだよ、技術的にこんなことができるのは数十年先のことかもしれないけど、
タイヤの中に削れて空気にまぎれると空気を浄化する何かを混ぜておく。
すると文字通り走れば走るほど空気がキレイになっていくということが現実のものとなる。

例えばエンジンだよ、これも技術的には不可能かもしれないけど、
走っている間にフル活動しているのは未来の自動車の心臓にあたるエンジンなのだから、
そこにも役に立つものを混ぜておいて、エンジンを動かせば動かすほどいいことが重なるようにすればいい。

 

自動車という生物が一番長く時間を費やすのは「停車」という活動だ。
これに何か工夫できないかな。
そこにいるだけで空気を清浄する効果を持つ車、そういうのが未来の自動車なんだと思う。
地球上に存在するありとあらゆる固体の中で、他者の役に立たない唯一のもの。
それが人と車、その無機的な命の営みを考えると冷笑に値するだろう、こんな馬鹿げた話はない

自動車が生き残るのなら、地球上の壮大な有機サイクルの輪の中に加わる準備をしないといけない。
自動車はもう命を持たない無機質な物体ではいられないよ。
自動車はもう命を循環する有機的な生き物でない限り、生き残りをすることなんてできないのだから。

未来の自動車の役割

100年後の未来の自動車は、もはや自動車という存在に留まらない。
いわば厳しい自然環境から身を守るためのシェルター、そして究極の移動ツール。
あれは2010-2020年頃だったかな、
当時の先進国では電気自動車とかハイブリッドカーが台頭してきて、だいぶCo2削減の意識が芽生えてきていた。

でもね、発展途上国ではそんなエコに対してコストをかけられないから、
経済発展を最優先にさせた結果、地球の生態系は歪んでいった。
そして地球に残ったのは灼熱の夏と、極寒の冬。
もはやその季節に外を歩いて移動するには限界があって、ほとんどの移動は自動車でしないと肉体に負荷がかかる

厳しい外気を防ぐ、これが100年後の未来の自動車の大切な役割になっていた。
だから未来の自動車は飛躍的に進化していた。
夏や冬の駐車中も、乗り込んだ直後にも人間の皮膚に負担のない気温を維持する性能。
100年後のクルマは凄いよ、夏だって車内がモワーっと暑くないように工夫されている。
100年後の自動車はエライよ、冬だって車内がキーンと寒くないように改善されている。

厳しい外気を防いでくれるシェルターカー、それで人間は身を守りつつ、移動を続ける。
えっ、1人1台になったら渋滞がもの凄いことになるんじゃないかって?
いやいや、未来の自動車は自動操縦機能があって、個人がアクセル・ブレーキを判断しなくとも
安全かつ最速で目的地へ運んでくれるから、自然渋滞なんて発生しないんだ。
だから未来の自動車は究極の移動ツール、もはや人類は100年後には未来の自動車を手放せないよ。

未来の車 50年後

50年後の未来の車を考える、それほど面白いことはない。

私は知っているよ、未来の車は50年後にも外見は変わっていない。
現在の道路を走っている自動車デザインは、この先も続いて行くのだ。

ただね、中身と言うか自動車の性能は格段に進歩している。
よく考えてごらん。

自然界では、数十億年も基本的に同じ形態で動植物は命を永らえている。
なのに、自動車だけが極端な形状変化を迎えるなんて、ムリがあるのだよ。

だから50年後の未来の車も、デザインは進化していない。

カーデザイナーたちは斬新なものを描こうとしたが、
結局はスタンダードな形が一番ユーザーに受け入れられるから。

そこで自動車メーカーは考えたさ。
中高年の層が厚くなっている時代だ、それならいっそデザインはリバイバルにすればいい。

昔に流行した名車の外見や名前をそのまま、
ただし、中身はハイブリッドの極みで、燃費が最高なもの。

これはどうだい、ある種の感傷、昔の栄光にひたるのも悪くないから、
憧れの車に乗れるのは嬉しいこと。

それに未来最高峰の燃費性能、車内装備が加わっているのだから、
なんて素晴らしい提案じゃないか。

こうして未来の車は、50年後にも現在と変わらない外観のものになる。

ただね、進化し続けるパワートレーンは、もはやガソリンを必要とはしていないから、
旧態然としたガソリンがぶ飲み、排気ガスもくもくの自動車は未来の道路には走っていないんだ。

この空想はどうだったかな?
あなたが求めている50年後の車のヒントになれば嬉しいのだが。

未来の車のデザイン

ランニングする時に、格好は構わないと言ってよ。
最新のギアに身を包んでいないと、本物のランナーではないっていう雰囲気がキライ。

都会に居座っていた時は、そんな思い込みにすら囚われていたっけ。
ところが地方に出てしまえば、普通の服で走っている人がいっぱい。

逆に、最新の服で走っていると光景に浮いてみえたっけ。
大事なのは、ちゃんとRUNできるということ。

地味な未来の車のお話もその延長線上にある。

そこで地味な未来の車だ。

同調した自動車関係ニュースがある。
EV/HVも大事だが、ガソリンエンジンのエンジン熱効率を50%まであげるという自動車メーカーの試みを拝聴した。

燃料機関に頼る自動車は、まだ世界の6割以上を占めるのが2020年までは続くのだという。
それが現実的な未来の車。

先取りの技術研究も大事だけど、今のエンジンを効率化して、
目先のマイナス点を具体的に改善していったほうが、 人類のため、地球のためになる未来の車だと言える気がしている。


新しいRUNギアは、未来の車で言えば自動運転とか、人工知能とかに近い存在ね。

どちらがより大事なのか、未来の車の正しい答えなんてないとしても、
地味な分野で着実に世界の害を減らしていく存在があれば、それを後押ししたい気分なのだ。

未来の自動車

未来の車の機能を考えるとデータのことばかりが頭にある。

どうしてこの現代になっても、前後左右の車を 人間の感覚という99%しか正確でないものに頼らなくてはならないの?

前後の車との車間距離は何メートル空いているかをフロントパネルに数値表示して欲しい。

それから自分の車から360℃、100メートル以内に車があることを知らせてくださいね。

飛行機の操縦席のように様々な数値計とボタンに囲まれた未来の車の機能をイメージする。


音をつなぐDJのようにドライバーもデータを使いこなせる?

飛行機や船と比べると自動車は大衆に広く行き渡っている安価なものだととらえて良いだろう。

未来の車の機能としてあまりお金をかけるわけにはいかないのは分かるが、
鶏と卵どっちが先かの問いかけと同じで、車離れを呼び起こしているのは事故の確率。

結局ハードルを低くするためには更に誰でも使いこなすことができる未来の車を。

そのための機能として四方八方の車の位置関係をデジタル表示する何か、それを求めているよ。

次の未来の車の機能としては、洗車不要を挙げよう。

何も最新テクノロジーを駆使してのお話じゃないよ。

シンプルに車に乗っていて困ることを未来の車に解決して欲しいという想像。

高速道路で長時間運転をした後に起こる面倒、虫の死骸や鳥のフンとか
フロントガラスを中心に汚れになってしまうアレをキレイにする洗車の手間が煩わしい。

あれを自動的にキレイキレイする機能を、僕は未来の車に求めよう。


今それができるかできないかは問題じゃない。

未来の車の機能だからね、20年後でも40年後でも整っていれば。

どの汚れも「天然素材」だから時間が経てば今でも消えている。

その経過を速める仕組みがあればいいのか。

ボディーやガラスの材料と塗装技術の進化でもっともっと汚れをはじくようになるだろう。

しかし未来の車の機能というからにはもっと先手を打つ何かが欲しい。

フロントガラスのウオッシャー液が進化して、より早くより強く汚れを流すものになる?

ガラスに留まらず、フロント面にも流れるようにしてそれで汚れを取り去る?

人工知能やら自動運転やら、未来の車の機能に目新しいものは数あれど、

地球誕生以来続いている自然の汚れ問題ばかりは直近で解決する機能は難しいか。

手で拭いて取り除く、これ以外の方法はちと先の未来の車の機能。

「10秒前に戻れる車」~これが未来の車の機能として欲しい。

妥協して5秒前でもいい、3秒前でも。

後悔する時があるね、事故はもちろん道を間違えた、車線を誤った。

そんなときにボタンひとつで10秒前に戻してくれたら僕は大助かり♪

これに気付いたのはドライブレコーダーの「事故時は○秒前に遡って画像記録します」という機能。


あれだってもちろんタイムトリップして過去を取り戻しているワケじゃない。

常時録画して、以上運転があればそれを残し、他を捨てているだけのこと。

そんなテクニカルなことは放っておいて、同じような考え方で
僕たちを10秒前の世界に戻して欲しいよ、未来の車さん。


運転している時は現実ではない、夢の中の世界。

自分の足で走っては叶えられない時速100kmのスピードをやってのける自動車の性能。

その力があれば過去にちょっと戻るという離れ業もいつかはできるのではないか。

20年前に戻って当時の彼氏・彼女とヨリを戻したいという難しい挑戦を求めているわけじゃない。

たった10秒を戻してください、未来の車の機能で。

そんな夢物語を未来の車に託している僕の自由な空想のこと。

50年後の未来の車を考える、それほど楽しい空想はない

自分が生きているうちに、車の姿はどれだけ変わるのか。

100年後では自分の肉体は滅びているから、

50年後の車を追い求めるのは、まだ現実的で、まだ分かる気がする。


間違いなく言えるのは、50年後の未来の車は燃料を必要としていない。

ガソリンや石炭じゃなく、電気か水素を食べて、50年後の自動車は走っている。

あぁ、ごめんなさい、そんなのは誰でも分かっていることでしたか。

ではもう一歩。

50年後の未来の車は空を飛んでいるから、タイヤを必要としていないんだ。

空っていっても、そんなに高く飛んでいないよ。

リニアモーターカーのように、磁力を使って道路から数十センチだけ、浮いている。

運転する人には違和感なく、普通にタイヤありの車を操縦している感覚と同じだよ。

牛車や人力車、水車以来使っていた車輪・タイヤ、

そういう概念が外されているのが50年後の車。

タイヤの摩耗にもう人々が悩まされることはない。


どうだい、この僕の空想は。

あながち、違っているとは思わないけど、あなたの考えはどうだい?



それから、50年後には新しいカースポーツが人気。

ディーゼルやガソリンを燃料にして、4つのタイヤがあって、

マニュアルハンドルのクラシックカーを興味本位で運転する娯楽施設ができている。

それは実用的な移動目的ではなく、趣味趣向の遊び。

人は懐古するから、そういう古の時代に想いを馳せるカースポーツが、大人気。

なんでも、「車が生きている」感覚が、50年後の人たちには「新しい」のだと。

ほら、楽しいね、50年後の車を想像/創造するのって

どれだけ変わっているかな、50年後には車が。

ハンドルがなくなっている?車体がスケルトンになっている?

それはエンジンはなくなるだろうけど、他になくなるのは何なんだろうね。

Copyright© Note , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.